平成20年3月  
  まさかの大雪になりました。2月の連休頃に降り出して、時には湖北・湖西地方に大雪警報が出たほど。それでも我が町の積雪は、市内北部で屋根雪下ろしに追われたのに比べると、比較的大したことが無くて助かりました。冷え込みはそれ程でも無くて、水道が凍ったのも2日程度でした。
  21日には、以前スキースポーツ少年団を教えていた頃の青谷団長・西川副団長に誘われて、4シーズンぶりにスキーに行ってきました。痛めていた左膝の状態も、何とか持ちこたえてくれて滑れることを発見。3月には調子に乗って、佐紀子一家と奥伊吹スキー場で合流し、孫の裕大を抱いて滑ったり息子の佐千夫、佐紀子の婿の禎裕君と一緒に滑ったりで、楽しい1日でした。
  我が家の子供達は全員スキーをしますので、裕大の相手も交代しながら。今年はまだソリ遊びに興じていましたが、来年は裕大も、一人でスキーが出来る様になるかも知れません。一緒にリフトに乗れる様になると、行動範囲がうんと広がります。奥伊吹スキー場は、佐紀子達が来るにも私達が行くにも丁度2時間ほど。楽しみが増えました。
 3月に入っても雪が降り止まず、1月の方が暖かかった様な気がするほどの日が続きましたが、それでも日増しに春めいてきて、富山県の庄川稲種センターから種籾が届き、問屋さんから苗代資材が入ってきて、ぼちぼち苗代作りが始まりました。我が家の米作りはまだまだ始まりませんが、昨年の様な失敗をくり返さないよう、準備作業だけは怠りなくしようと考えています。
  20日は、午前中がお寺の彼岸会で午後は神社の春分祭。お寺の方は檀家総代をしていて、鐘楼の建設に取りかかっています。参考にしたくて、住職や世話方仲間と大阪の金剛組を見学に行って来ました。四天王寺を建設するために渡来した百済の大工を祖先とする、世界最古の企業で操業1400年とか。我々のお寺の鐘楼程度の物を、果たして作って貰えるのだろうかと心配になるほどの、とてつもない大企業でした。地元の大工さんとどちらが良いのか、しばらく結論は出ないかも知れません。
  田中神社の氏子総代も3年間の任期が終わり、今月一杯で退任できるハズでしたが何としても後任が決まらず、区長さんの頼みも有ってもう1年だけの約束で留任する事にしました。実は南市区の場合氏子総代になると、その年にいきなり田中神社の大総代に就きます。次の年に平の総代、最終年に副総代となるのですが、もしも1年私が留任すれば、この順を変えることが出来るのです。平・副・そして3年目に大総代となれば、それ程無理なく氏子総代を引き受けて貰えるのでは無いかと考えています。神社を改修していて、建設委員長としての役目はまだもう1年残っていますので、いずれにしても神社との関わりは無くならないのですが。
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