コシヒカリ便り
              2002年12月

  10月下旬から天候が不順で、11月も和歌山で派米講習を担当している間は良かったのに、帰郷後は雨ばかり。外回りの仕事が出来ず、例年なら遅くとも11月始めに田を起こし、来年の自家用野菜を作る畑を作るのですが無理な様です。土が濡れているのに起こすと、こね回して壁土の様になって、作物を育てるのに良い土壌環境にはなりません。どうにか天気周りを見計らって、長男の左千夫が堆肥や耕土培養資材を散布したのですが、トラクターで起こして畝を作る事は出来ないままに年を越しそうです。秋田の後輩で、欧州講習を10月一杯手伝ってくれた由利君は、帰郷後の雨で収穫が出来ず、酒米の山田錦を4反、雪の下にしてしまっています。二人とも講習を担当していなかったら、とっくに済ませて居る仕事なのですが。
  オーストラリアでは100年来の大旱魃で、家畜の餌も無くて大きな被害が出ています。国際農業者交流協会・欧州支部に勤務する花澤君は、自分の実習先であった農場の事を非常に心配して、先日メールを寄越しました。世界規模の天候異変が、じわじわと押し寄せて来るようです。

  2日、私の10年後輩の大石君が、姪ごさんの結婚式に静岡に帰るのを機会に、当時派米研修生のリーダーを務めた8人の内の5人が、和歌山の藤井君の家に集まるからと言うので、手みやげに「花嵐」を持って出かけました。こういう時に「栽培指導・平井貞夫」とラベルに書いてある酒を持って行けるのは、なかなか楽しいのです。飲んで貰っての評判も非常に良く、飲みきれなかった分は土産に持って帰ってくれたとか。
  12月に入っても不純な天候は収まらず、思いの外雪も早くて予定していた時期に長野に行けませんでした。インターネットで天気予報と道路状況を毎日調べ、例年ならもう少し早いのですが、道路の雪が一端無くなって走りやすくなった14日、友人の本田君と派米研修の後輩・松川の宮下彰君の所に、リンゴの買い出しに出かけました。天気は良く快晴に恵まれ、アルプスの峰の方だけは雪をかぶり、素晴らしい景色を堪能しました。家を出るときは小雨模様だったので、カメラを持参しなかったのを後悔した程です。20年近く毎年出かけておりますが、農場の規模が年々大きくなり、来年は近くで亡くなられた方の農場を引き受けるとのこと。養豚とリンゴの組み合わせで余り農薬に頼らず、素晴らしく美味しいリンゴ・梨・柿などを生産しています。評判が良くて数が増え、とうとう今年は義兄の2トントラックで出かけました。
  15日にはスキー連盟の大会準備。ゼッケンは20年来私が管理してきましたが、競技部長を辞したのを機にようやく別の者が管理してくれる事になりました。大会前にゼッケン番号を確認してプログラムを作成、大会が終わると800枚を超える濡れたゼッケンを乾かし、次の大会に備えます。冬の間の何日かを潰して管理してきたこの仕事から、ようやく解放されました。
  16日には和歌山へ。やはり後輩の伊藤君の所へミカンの買い出し。午後からは雨の情報で心配しましたが、積み込んで居る間は降らず助かりました。私の友人・知人や得意先で待っていてくれる人が大勢居て、その人から又配られるのです。今年のミカンは裏年の所為か、全体に甘みは少ない様です。11月以降の急激な気温の低下と降雨が応えている様に思われます。
  「かじや村から」という名前で、ホームページを作成中です。ノートパソコンやデジカメを贈ってくれた研修生の後輩に講習の様子を知らせたくて、年内の公開を目指して居るのですが、なかなか作業が進みません。

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