昭和63年 1988年 10月
 歴史的に見れば、此処数年の異常気象の方がむしろ普通で、明治以来この100年があまりにも平穏過ぎただけだという説があります。1月には本州の殆どのスキー場で滑れなかった位に、雪が積もらなかった位ですから、今年も例年になく異常な天候続きの冬でした。降雪量を降雨量でカバーするかの様に、春になっても気温が上がらず雨の日が続き、梅雨に至っては、梅雨明け宣言が出てから本格的に降る始末。夏にも本格的な猛暑の予想が見事に外れ、雨続きの低温冷夏でした。
  「コシヒカリは危ない」という本が、「農薬残留米が食卓を襲う」のサブタイトルを付けて出ています。この村野雅義というノンフィクション作家によると、ササニシキやコシヒカリなど味の良い、いわゆる銘柄米は背が高いから倒れ易く、病気にも弱くて農薬を掛けないととても作れない、百姓泣かせの品種だという事です。
  一部を見て全部を知ったかぶりの書き方は、どうも余り気に入りませんが、一般論としてはまあ当たっているでしょう。ただこの人は、別に薬漬けにしなくてもコシヒカリを作る方法は、いくらも有るんだという事まではご存じないようです。でも、真面目にこれをやろうと思うと、えらく手間や経費や労力が掛かって、採算にのりにくい為に誰もやらない事も事実です。その為に、やった人も少なくやり方も分からないのでは無いかと思われます。
  私にしても、昨年はたまたま集落の方針で、ヘリコプターによる農薬の一斉散布は、住宅地の周りでは行わないという事でしたので、我が家は殆どの田がその範囲に入るため、これ幸いと春先から覚悟をして、農薬を使わないで米を作ってやろうと考えておりました。もっともこれは、ヘリコプターで農薬の空中散布を行うと、青空駐車の車の塗装に悪影響があり、役場の職員がワックスで磨きに走り回ったという事の反省から出たもので、農業サイドからの要求で中止になった物では有りませんが、理由はともあれ私には願ってもないチャンスでした。
  10年あまり前、稲の出来具合を見て回っているとき、隣の田んぼとの境界の畦の上に垂れ下がっている、非常に大きな稲穂を見つけました。一般に田の外回りの稲株には大きな穂が付くのですが、そこはわずか20cm程の細い畦しかなく、それくらいの事でこんなに大きな穂が着くなら、田全面を粗く植えてみれば、同じように出来るかも知れないと考えたのが最初でした。毎年の様に母親とケンカしながら、段々と苗を少なくしかも粗く植える様に頑張って、今では初めて私の田を見た人が、「平井君、そんなんで米がが穫れたら、来年からわしも真似したるわ」と、呆れるように言った事がある位です。
  農機具屋さんと相談し、メーカーは不可能と言う所を近所の鉄工所でギアを加工し、勝手に田植機を改造して使っていますが、本当はもう少し粗く植えられたらと、次の手を思案中です。メーカーでは対応できないので、時間が掛かりますが。  
  米作りの手順から言いますと、先ず刈り取り後に稲藁を鋤き込む事から始めますが、その折りに健康な稲は健康な土からと、ケイフンに90種類以上の有用微生物を培養した、土壌改良材を散布しています。南極観測船に積み込む野菜は、この資材を使用した畑で作ったものと決められている位に、栄養価の高い品物が出来ると言うデータもあり、低農薬栽培には欠かせぬ資材だと考えて、メーカーの指定量より多めに入れています。
  春になって一番最初の仕事が、籾種を水に漬ける事ですが、我が家ではこの籾種を毎年、日本一の種籾の産地である富山県の庄川町農協から、直送して貰ったり引き取りに行ったりして、最高の種の確保に努めています。
  その次に重要になるのは苗でしょう。苗を作るとき、普通は育苗箱に120〜220gの種籾を蒔きますが、私は昨年で70g、今年はもっと少なくして40gにしました。苗半作という言葉が有りますが、丈夫な苗を作るのが先ず第一と考え、毎年播種量を減らしてきました。どうやらこの辺りが限度かなと思われます。
  植付け前の元肥には昨年新発売になった、高級有機・醗酵酵素肥料を使用し、極力窒素分を押さえ更に骨粉を投入します。太陽光線が株元まで良く差し込むように、2〜3本ずつの苗を粗く植え風通しを良くし、病気や害虫にも強い稲に育てます。
  旨い米には窒素やカリウムが少なく、マグネシューム含量が多いというデータもありますが、私はそれに加えて燐酸を重視した作り方をしますので、6月中旬にはその為の肥料を入れます。出穂期の穂肥には、肥料商として考えられる限り、一番良質の有機質肥料を3回に分けて入れます。
  本当はバインダーを使って刈り取りし、稲木にハサ掛けをして天日乾燥をし、最高の米を作ってやろうと思っていましたが、昨秋はウンカの大発生で、今年も例年にない雨模様の天候に災いされ、刈り取りを急がざるを得なくなって残念ながら実現出来ませんでした。
  しかし、乾燥機は使いますがバーナーを使わず、風だけを2〜3日送って乾かしていますので、風味の良い米に仕上がっていると思います。労力と時間の関係で、昔の様に天日で筵干しとまでは行きませんが。
  昨年はストーンピッカーと言う名の石抜き機を入れ、米に石が混じらない様にしましたが、更に今年は米を籾のまま貯蔵し、必要に応じて精米できるようにしました。その為に籾から精米出来る電子籾精米機も用意しました。これでまず梅雨期以降の品質低下にも、かなり対応出来るものと思っています。
  勿論意地を張って除草剤を1回使うだけで、モンがレやイモチ用の殺菌剤や殺虫剤さえも使わないで作りましたが、昨年に引き続き殆どの田で、600kg以上の収穫を上げましたので、この方法にいささか自信を深め、来年はもう一段上を狙う積もりです。
  昨年からの経験と実績を踏まえ、今後とも微生物農法を取り入れて更に旨くて健康的な、「低農薬・有機栽培コシヒカリ」の収穫を目指しています。ご期待下さい。

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