平成11年 1999年 2月
 北海道.小樽で行われた「みなと.おたる国体」に、京都府スト選手団.クロスカントリー競技の監督として参加しました。北海道は平成元年に旭川で行われた国体以来でしたが、幸いにあまり強い冷え込みもなく、選手の輸送に早朝から車を運転するのにも、不安を感する事はありませんでした。滋賀県北部もかなりの積雪ですが、湿った雪質のうえ昼になると、気温が上がって緩むのでクチャクチャになり、除雪が完全で無いのとあいまって、車は非常に運転しづらくなるため、4輪駆動の華が増えました。
 我が家にある5台の車の内、トラックと乗用車の2台を除くと、家内も息子も私も、それぞれが4輪駆動の車に乗っています。所が小樽では、あまり4駆の車を見掛けなかったので、ちょっと不思議な気がしました。北欧の車に4駆の車が少ない理由が分かった気がします。融雪装置で道路に水を撒いたり、車で融雪剤を撒く事もなく、坂の多い小樽の主要な交差点では、ロードヒーティングで舗装部分を暖めたり、塩化カルシウムの代わりに砂を撒いていたりで、自然環境に対する影響を考えさせられました。
  国体はクロスカントリー競技で2位・4位。アルペン競技で2位と3人が入賞し、リレー競技では女子が13位・男子が2位でした。私が監督を勤めた女子チームは、4人の内3人までが京都生まれの京都育ち。高校に入って初めてスキーをした若者が死力を尽くして走ってくれ、最後の急な下り坂で転倒して暫く起き上がれなかったアクシデントが無かったら、11位で逃げ切れたかもしれない程の大健闘でした。
 男子は1走から2位で、優勝した長野とは大差のままでしたが、3位の地元北海道とのマッチし−スで抜きつ抜かれつの大接戦。最後の下りの直前に抜き返され、応援していた全員がこれで3位かと諦めた中、4走を走った選手だけが最後まで諦めず、コール直前に抜き返して1.2秒差で2位に入賞しました。涙が込み上げてくる程の感動でした。
  3月になると本業に戻って農作業が始まりますが、今はまだ何もかもが雪の下です。2月の2回の大雪で少しハウスを漬しました。作りかけの鉄骨の小屋も未完のままです。
小樽国体で個人入賞した、4位大嶋君、2位後藤君と9位の高橋君

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