福井の水害 

 7月21日の昼、大垣の米2研修6回生の山田幸隆君からメールが入りました。「福井の斉藤さんが大変なことになっているようです。ダンプが無いかと言われ、おじさんの養鶏場から借りられましたが、乗っていっても帰れないから・・云々」。ならばこっちからも走るからインター出口で会おうと電話連絡。遅めの昼飯を済ませ武生インターで合流し、今立町相木の斉藤亮君宅へ着いたのは4時過ぎ。
 下の左の写真で、奥から流れて来た濁流が橋に引っかかった流木などでつかえて、道路側より60cmほど低い土手を盛り超し、右の写真の様に屋敷の中に流れ込みました。橋の上流側と下流側で水路の深さが極端に違っています。上流側は土砂で埋まっているだけなのです。そしてこの時の土石流の様子は斉藤君が写真に撮っており、山田君が彼のホームページで公開しています。


  取り敢えずこの日は山田君が乗って行ったダンプに、斉藤君のフォークリフトで出来るだけの土砂を積み込み、元の工場跡地に捨てて出入り口と車庫は使えるようになりました。

  25日(日)に再度出かけ、ダンプ2台を山田君に同行して来てくれた若者が運転。フォークリフトにホイールドーザーさらにはバックホーまで準備してあったので、山田君と2人が交互にどれかを運転して土砂を片づけたのですが、我々は炎天下の仕事とはいえ機械の操作だけ。本当にご苦労だったのはこの工場の中から土砂を掘り出してくれた、ボランティアの方々でした。
  ボーイスカウトのT-シャツを着ておられたから、おそらく関係の方々でしょうか。子供さんを何人もつれて来ておられました。もう一グループは高校生・大学生くらいの若者達。いずれも手弁当で、昼食時には庭の片隅で持参のお弁当を広げておられました。移植鏝で工場の中の機械の下から、泥や砂を掘りスコップで一輪車に載せて外に出してくれ、溜まった頃を見計らって我々がダンプに積み込みました。この日だけで、2トンダンプで70台位は運んだ様です。





  8月2日、ダンプを引き上げるからと言うので山田君を迎えに行き、斉藤君宅へ出かけましたが粗方片付いておりました。土砂に埋まっていた工場も水で洗われて綺麗になり、機械も整備に出されてちょっとガランとした感じ。この工場が再度動き出すのにはまだまだ時間が掛かるのでしょうが、取り敢えず一安心致しました。斉藤君一家の連日にわたる苦労が報われる日の、一日も早いことを願っています。
 この災害を引き起こした山を見てきました。小さな谷川を遡って行くと、斜面を削って作られた林道が赤茶けた山肌を剥き出しにしておりました。この林道を造った同じ業者が、災害復旧の工事をしているのも皮肉な光景でした。




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